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Sorryを言わないジャスティンビーバーと謝り続ける日本人

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問題ばっかりなスーパーセレブ

「Sorry」この曲がリリースされた瞬間、ようやく世間に対して謝罪する気になったのか!と感激したことを覚えていている。ジャスティンビーバーと言えば、日本のテレビでも度々報道されるほどのお騒がせセレブだ。


隣人に卵を投げつけたり大麻を所持していたりと、3回の逮捕歴にとどまらず今にも何かしでかそうな勢いがある。


そんなジャスティンビーバーもとうとう観念して謝るのか、と少し残念な気持ちを抱きながらも「Sorry」を聞いてみると「ん?」という気持ちになった。念のため和訳された歌詞を見てみるとそれは確信となった。


「セレーナゴメスへ歌った曲じゃん!」


もうここまでくると逆に清々しい気持ちになる。恋人に歌った曲ならまだしも、元恋人に歌った曲が大ヒットなんて、日本では天と地がひっくり返っても考えられない。


まぁここで世間に謝る曲を作ったらジャスティンビーバーではないよね。謝ってしまったら国外追放逮捕リストに今後挙げられないじゃないか。というか世間に謝る曲って何だよ。


まぁ僕たちはジャスティンビーバーがイカれた行動を取ってくれているおかげで


「あれ?自分って結構マトモに生きてるんじゃね?」


と錯覚を起こすことが出来ているわけだ。イカレポンチな行動にも手を合わせて感謝せねばならない。そして今後も世間に対して謝罪せず、僕らのワル代表でいてくれることを願う。


というか、逮捕歴があって度々トラブルを起こしている歌手が歌を出せば大ヒット!ライブをやればニュース沙汰!ってよくよく考えればすごい。これだけ自由にやって世界のトップなんだもの。


日本人は、自分に非がなくても謝罪してその場を収めようとする。テレビに出れば自分を出さず大人しくし、場が荒れないように配慮する。


世界を始め日本人がジャスティンビーバーに歓喜するのは、何一つ隠さないその素直さと、中学生の不良なんかが持っている逸脱さに惹かれているからではないだろうか。

ライブでも感じられる自由さ

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2016年8月13日に行われたパーパスツアーに参加して来たんだが、ここでもジャスティンビーバーの自由さが感じられた。


まず日本人が行なうライブってのは、スケジュールがきっちり決まっていてその中でどうやって最高のパフォーマンスをするか考える。いかにゲストに楽しんでもらえるかというサービス精神に満ち溢れている。


それに対してアジア以外の外国人は、ありのままの自分を振舞っている印象が強い。特に過剰なサービスをするわけでもなく、曲も気分に合わせて変えたりする。


個人的には後者の振る舞いが好きだ。でも、ジャスティンビーバーは自由すぎた。ライブ前日には渋谷で遊んでいる姿を一般人に見られており歌の練習をしていない。本番となれば、音源に入っている自分の声に合わせ踊りまくるだけでほとんど歌わない。


フリートークでは、「静かすぎてここは図書館みたいだね」と発言していた。確かね。


ものすごくだるそうにライブを行なっていたよ。これが日本人だったら批判を浴びまくっていただろう。翌日には謝罪会見だ。でも、ジャスティンビーバーだから許される。それがジャスティンなのだ。見ているこっちも別に煩わしくない。むしろ日本に来てくれてサンキュー!みたいなノリだ。


すごい。さすがYouTubeから生まれた神。super学生。日本のライブもこれくらい自由でいいと思うんだ。でも自由にやるにはまず観客から変わらなくちゃね。僕が言いたいのは、ジャスティンビーバーみたいな振る舞いに少し憧れているってこと。正確にいうと、日本人もこのくらい自由に生きさせてほしい。


誰だったっけ。この前踏切の中に入って写真撮った人。そのくらいでずっと謝罪しなければならないのに、ジャスティンビーバーは3回逮捕されているのに謝罪しない。最高だ。これからも日本に来てくれ。

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